藤田紀子の「女弁護士日記」
10月10日 (2011-10-10)

 A子は、夫と一〇年も前に離婚した。  当時、一才と三才だった二人の女の子を女手一つで育て、その子どもらも今は多感な少女である。  別れた夫は、破産して収入もなかったことから、養育費ももらわず、A子は実家の旅館業を手伝い […]

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藤田紀子の「女弁護士日記」
9月20日 (2011-9-20)

 夏休みは、いつも広島で過ごす。  八月六日に被爆式典が行われた。今年は、福島原発事故を受け、人類が核とどう向き合うか改めて問いかけることになった。  松井市長は、「平和宣言」で被爆体験の継承や核兵器廃絶への取り組みを訴 […]

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藤田紀子の「女弁護士日記」
9月10日 (2011-9-10)

 八月にたっぷり休暇を取ってリフレッシュしたので、また仕事をやる気が出て来た。  弁護士には停年が無いので、何才まで仕事をするかは人様々だ。  私の恩師の勅使河原先生は、今八六才。先日弁護士六○年を表彰されたが、毎日お元 […]

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藤田紀子の「女弁護士日記」
8月20日 (2011-8-20)

 放射性セシウムに汚染された稲わらを食べた肉牛の出荷停止や焼却処分の問題で連日新聞を賑わしている。  どれだけの量を、どれだけの期間に食べたら、どれだけの健康被害が生じるのかわからないで、危機感が先走りしている感がする。 […]

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藤田紀子の「女弁護士日記」
8月10日 (2011-8-10)

 東日本大震災後、東北で結婚率が上がっていると聞いた。  吊り橋婚とも言っているという。「地震に強い」という意味らしい。  確かに、こういつまでも余震が続いて不安な状況では、誰かにしがみつきたい、お互いに支え合って生きて […]

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藤田紀子の「女弁護士日記」
7月20日 (2011-7-20)

 先日、震災後、初めて福島県相馬市にある裁判所に行った。  国道六号線を走ったが、   ① 家が流出して、六号線から海が見える   ② 災害派遣車が行き来している   ③ 田んぼの上に瓦礫が集積されている   ④ ガード […]

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藤田紀子の「女弁護士日記」
7月10日 (2011-7-10)

 私が司法試験を受けたのは、もう四〇年以上も前のことだ。  五月の試験の直前は、最後の勉強の仕上げに余念がない。過去の問題集をやり直したり、ノートをひっくり返したり、不得意と思われる分野の参考書を読み直したり……。  そ […]

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藤田紀子の「女弁護士日記」
6月15日 (2011-6-15)

 今回の東日本大震災の後に変化したことは、被災者の生活、原発の見直し、津波に対する対策、菅政権の延命など大きな点でいろいろあるが、私の身のまわりでの小さな変化も感じられる。  1 仲間が集まると、皆、我も我もと地震の時ど […]

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藤田紀子の「女弁護士日記」
5月20日 (2011-5-20)

 三・一一の地震のあとしばらくは私の事務所も機能を失っていた。裁判所も三月いっぱいは期日延期で復旧に努めていたようだが、依頼者の切羽詰まった相談があるので裁判所はなくとも三月二一日からは依頼者に対応していた。  これまで […]

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藤田紀子の「女弁護士日記」
5月10日 (2011-5-10)

 未曾有の地震・津波被害、そして追い打ちをかけるように原発被害。  未だに避難所で不自由、不本意な生活を強いられている人達の苦難はいかばかりかと思う。  現地で取材をしている報道員にマイクを向けられて、答えている人達のな […]

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